【すべては望んだ通りの人生だったと言える日へ】
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■人生がやり直せるならと思ったことあるはず
人生を振り返って
「あの時、違う選択をしていたら」
と思ったことは
誰にでもあるのでは
ないでしょうか。
もっと勉強しておけばよかった。
別の仕事を選べばよかった。
もう少し大人だったら、
あの人との関係をもっとよくできた
かもしれない。
もう一度やり直せたら
今度はもっとうまくできるのに。
そんなことを思う気持ちは
よくあることですよね。
■なぜ、やり直せたらと思うのだろう
過去を変えたいと思うのは
なぜなんでしょうか?
過去を変えられたら
もっといい現在と未来が
手に入るだろう
そう思うからでしょうか?

■もし過去を変えたらどうなる?
もし本当に過去の選択を変えられるなら
今あるものはどうなるのでしょうか。
今そばにいる人。
今の仕事。
今感じている安心。
今の自分の価値観。
それらはすべて
過去の選択の積み重ねの上にあります。
どれか一つでも違っていたら
今の自分ではない自分が
存在しているでしょう。
本当にそれでいいのでしょうか?

■そこにある「思考の前提」とは
よりよい人生を体験したい
表層的にはそういう思いでしょう。
しかし、人生を決定づける
本質的原因は「思考の前提」です。
「今」をどう思っているのか?
「未来」をどう想定しているのか?
「今」じゃないところに
幸せがあると思っているなら
仮に過去に戻ってやり直せても
大切なものを見落としてしまうかもしれません。
もしかすると
私たちはまだ、今体験していることの意味を
十分に受け取れていないのかもしれません。
■この世は関係と変化で成り立っている
自分一人だけが
宙に浮いていて、周りとは関係なく
自分だけが変化できないのが
この世の真理である「関係と変化の法則」です。
自分以外の人もその人生の主人公であり
それぞれの人生が絶妙に関係しあい
それぞれが今に至っているわけです。
だから
「あの15の時に戻って
人生をやり直せたら
どんな人生を送っていただろう」
と考えても、変数が多すぎて
想像もできない話になってしまいます。
仏教では
それを「中道」と呼ぶのかもしれません。
私たちは
ちょうどいい人生を体験しているのかもしれない。

■選択の瞬間、人はその時点での最善を選んでいる
これまでの人生で岐路に立ったとき、
限られた情報と経験の中で
悩みながら、自分で決断してきました。
不安もある。
迷いもある。
恐れもある。
それでもそのときは
「それしか選べなかった」のではなく
「それが最善だと思えたから選んだ」
この選択はその時の今の自分”が
持っているもので判断したし、
後になってもっとこうすればよかった
と思っても、その時は
「そうするしかなかった」
といえることなのではないでしょうか。
今になって別の可能性が見えるのは
現在の自分が成長したんだと
気づけば、今の自分を肯定できます。
あの時の自分も、不器用なりに
一生懸命生きていた。
そう思えたとき
少しだけ自分をいとおしく感じて
自分の人生を好きになれるのかもしれません。
■過去を肯定するとは、今を肯定すること
過去を受け入れるということは
過去を美化することではありません。
それは
今の人生を大切にする姿勢です。
「あの経験があったから、今がある」
そう思えたとき
人は自然と
「持っていないもの」から
「今持っているもの」
に目を向けるようになります。
私たちはつい
結果に対して、主観で測って
善悪をつけることをしています。
そうやって、
過去も評価してしまいます。
けれど本当は
ちょうどいいものを体験していて
受け取りたくないと思った事実さえ
大切な出来事であり、
それを受け入れるところに
人生のだいご味があるのではと
思う今日この頃です。

■だから、もう一度15歳からやり直すとしても
この道を選ぶと言える自分でいたい
もし人生を最初からやり直せるとしても
今ある大切なものをすべて失うとしたら
私は同じ選択をするかもしれません。
遠回りもあった。
苦しさもあった。
迷いもあった。
それでも
そのすべてがあったから
今の自分がここにいます。
だから
「過去の選択はすべて正解だった」
そう言える生き方をしていきたい。
年末に「今年の漢字」の発表があって
その時に,京都の清水寺の貫主によって
揮毫されますよね。
あれを見ていて
「人生そのものだな~」と
私は感じるのです。
やり直しのきかない一発勝負。
ビビりながら書いては迫力がない
正しく書こうと楷書で書いても面白くない。
少しぐらい墨が飛び散っても
立てているから、タラりと垂れてきても
味がある。
同じものが再現できないかもしれない。

だから、
唯一無二の価値がある。
人生もまた
やり直しがきかないからこそ
一瞬一瞬に意味があるのかもしれません。
だからこそ
遠回りも迷いも
かけがえのない一筆だったと
思える日が来たらいい。
そしていつか
もう一度15歳からやり直すとしても
この道を選ぶ。
そんなふうに
静かに自分の人生を肯定できる
その日を信じて歩いていきたいと思います。
皆さんが自分の人生の本来の輝きを磨きだせますように。

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