体験することの本当の意味とは? ―主体は外なのか内なのか―
多くの人は
「外で起きたできごとに影響を受ける」
と思っています。
それが苦の根本だと知らないままに…
現実とは「事実」ではなく
個人によって解釈された情報である
この視点に立つと
「外が主で内が従」という前提が
逆転していきます
■外と内どちらが先?
外で起きているように
見えている出来事
それによって
私たちは喜怒哀楽し
望ましい出来事が起こる
ことを望みます。
そして
無意識にこう思っています。
外で起きた出来事が原因で
自分の感情が生まれる
つまり
外(現実)=主
内(心)=従
という前提です。
言い換えると
現実が先で
それによって
心が影響を受ける。
外で起こることは
コントロールすることができない
この思いでいる限り
不安がぬぐえないのです。

■星の王子さまの名言
物語の中で王子は
「心で見なくちゃ、
ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、
目に見えないんだよ」
と言っています。
まさに
私たちは
目に見えるものに
囚われています
自分のコントロール下にない
偶然のできごとに影響を受ける
と思い込んでいます。
だから、
- 何が起こるかわからない不安
- 人や環境に振り回される
- 安定しない感情
- 外をコントロールしたくなる
こういう状況を作ります。
心で見なくちゃ
ものごとはよく見えないとは
どういうことなのでしょうか?

■本当の構造は逆
最初に
「外で起きているように見えている」
と表現をしました。
厳密にいうと
本当はどうやって
認知しているのか言えば
私たちは
外を見ているようで
自分の頭の中で見ている
のです。
こちらの記事を
ご確認ください。
自分の考え方を織り交ぜて
現実に意味づけをして
自分オリジナルなできごとを
頭の中のスクリーンに
投影して、それを見ている
と言っているのです。
私たちは外を見ているようで
実際には
「自分の頭の中で処理された世界」
を見ています
外で起きている
“ように見えているもの”を
自分の認識を通して
自分の中で体験している
ということです。
つまり、
内(心)=主
外(現実)=従
という
とても重要な視点となります。

■外を変えようとすると苦しくなる理由
外に見える現実は
スクリーンに映っている映像のようなもの。
映画を見ていて
その内容が気に入らないからといって
スクリーンをいじっても
映像は変わりません。
変えるべきなのは
映像の元(ソース)です
現実も同じです
- 外=スクリーン
- 内=映像の元
内側を変えない限り
見える現実は変わらないのです。
変えられないものを
変えようとするから
苦しみが生まれます。
自分の外を変えようとすること
太陽を西から登らせるために
私は活動をしています!
と言っているようなものです。

■ではどうすればいいのか
答えはシンプルです。
外を変えようとしなくていい
内を知り、修正すればいい
具体的にはまず
- 自分はどう見ているのか
- どんな前提を持っているのか
- 何に意味づけしているのか
これを観察することです。
その思考の先に
幸せが想像できればいいでしょうが
そうでなければ
修正する必要があります。
■内が修正されると何が起こるか
内側が変わると
モノの見え方がかわる。
内側が変わる=思い込みが変わる
手に負えない暴れん坊が
自分にとても従順な存在に
変わること。
つまり
人生の主導権を取り戻す
ことになるわけです。
「外」が主 で「内」が従
と思っている間は不自由を感じます
しかし、本当は
「外」は従で「内」が主だ
ということをつかむと
のびのびと自分の人生を
自由に歩んでいけるようになる
じゃあ
あなたは何を望み
どんな人生を送りますか
もっと自由に考えても
いいんです。

■今日の問い
今、目の前で
起きている出来事に対して
*自分はどう意味づけしているか?
*他の見方はないか?
外を変えようとしなくていい
内を整えればいい
このシンプルな構造に気づいたとき
人生の主導権はあなたの手に戻ります。
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